第73回毎日映画コンクール」の表彰式が2月14日、川崎市のカルッツかわさきで開催され、田中絹代賞を受賞しました。

 栄えある田中絹代賞を頂戴しました白川和子です。 まだまだ夢の中に居るようで、「これが映画のワンシーンであったらなあ」と思っております。本当なんですよね。戴けたの。
 16歳、今から55年前に市原悦子さんに憧れて、女優の道を志しました。 縁あって日活で映画に出させて頂きましたけれども、その当時昭和46年、1971年というのは世間の目がとても厳しくて、荒波の中に飛び込んだ、そんな状況の中で撮影しました。
  一緒に撮影した田中真理さん、そして片桐夕子さんらと、本当に真剣な闘いでした。 スタッフの皆さんは、「映画の火は消したくない」、そんな思いでずっといらっしゃいましたから、それを私は背中で感じながら、何とかして頑張りたい。特別に何をするわけでもなかったのですけれども、思いだけは「絶対に頑張ろう」と思っておりました。
 で、いちばんその時に、矢張り迷惑を掛けたのは家族でした。 そういう当時のことですから、私に来るよりも家族への非難が多かったです。 その中で父の人生を脅かし、妹達を心配させ、本当に迷惑を掛けたと思います。
 でも、それでも私は映画が好きでした。演じることが大好きでした。 そんな時、父に言われたのが、「深みのある人間になりなさい」。そして母は、いつもお台所にあるボードに、「継続は力なり」と書いて、励ましたくれました。多分それは私に「勿論芸を磨くことは当たり前ですけれども、まず人間として自分自身を磨きなさい。そして技を磨きなさい。」ということだったと思います。そのお蔭でこの賞を戴けました。 きっと亡き両親は天国で、やっとこれで安心しているんだと思います。
 そしてこの重い重いトロフィーこの重さは、これまで私を見舞ってくださったり、支えてくださったり、叱咤激励してくださったり、そう言う方達の思いがここにしっかりと詰まっています。
 これからも日本の映画史で燦然と輝いていらっしゃる田中絹代さん、大先輩の功績を汚さぬよう、一隅を照らす女優であり続けたいと思っております。  
 本当に有難うございました。